イルジャーイー・モスク

マーリダーニー・モスクからスルターン・ハサンの複合体 へと通じるスーク・シラーフ通りの東側に位置する。前者から560メートル、後者から300メートルにあたる。アミール・イルジャーイー・ユースフィーによって1373年に建設された。彼は、バフリー・マムルーク朝第26代スルターン、シャアバーン2世の母フワンド・バラカと結婚したが、彼女の死後、シャアバーン2世と衝突して死に追いやられた。シャアバーン2世の父フサインは、スルターン・ナースィル・ムハンマドの息子の一人であった。彼はマドラサと自身の墓廟からなる複合体を建設し、スーク・シラーフの大モスクとして使用された。

スーク・シラーフ通りに面して3層構成のミナレットと捩り模様の大ドームが特徴的である(1、2)。四イーワーン式マドラサの入り口が通りに面しており、その上にミナレットが建つ。学生居室は北側に配置された。

なお、北西隅にサビール(給水所)があり、その上階がクッターブ(クルアーン学校)となり、カイロに残る、サビールとクッターブが上下階に建設された初例である。これ以後、サビール・クッターブが建築の一つの定型として定着していく。