ガウリー・モスク

バイナル・カスラインから続くカーヒラの南北の目抜き通りと、アズハル・モスクの南側を走る通りの交差点の南西隅に位置する。チュルケス・マムルーク朝末期の第26代スルターン、カーンスーフ・ガウリーのモスクは、通りの東側に位置し、ハーンカーと墓廟から成るガウリー廟と複合体をなして建設された。ガウリーはチェルケスから来たマムルーク(軍人奴隷)出身で、スルターン・カーイトバーイに仕えた。

通りに面して北から、入り口、大モスク、ミナレットが並ぶ(2)。ファサードは赤と黄色のアブラクで、2階に対のアーチ窓の上に円窓を載せた開口部を用い、さらに上部にティラーズ(インスクリプションを刻んだ装飾帯)、ムカルナス、バトルメント(銃眼)が見える。ミナレットは四角柱の塔身を四段に重ねたもので、五つの宝珠をもつ最頂部は近年の作である(1、3)。本来は三段の柱身の上にそれぞれ独立した四つの塔が載っていたが、19世紀に最頂部が崩壊した。ガウリー廟のドームと同様に最頂部は青いタイルで覆われていた。

大モスクは、マドラサと同様な四イーワーン式をとり、中庭に面して4つの大きなホールのアーチが開口する(4)。壁面は、下部には大理石象眼、上部は精細な石彫細工で、さらにムカルナスの軒が張り出している。しかし、礼拝室は側部にニッチをもち、住宅のカーの形式をとる。