ムハンマド・ベイ・アブール・ダハブ・モスク

カーヒラの中央部、アズハル・モスクの北西に位置し、モスクを中心として墓廟、図書館、マドラサ、タキーヤ(修道所)、サビール(給水施設)を含む巨大な複合体である。ムハンマド・ベイ・アブール・ダハブは、オスマン朝のエジプト総督アリー・ベイ・カビールに仕えていた。アリー・ベイがオスマン朝から離反し、マムルーク朝を再建する反乱をおこすと、ダハブは最初アリー・ベイに従ったが、後に寝返って1772年から2年間オスマン朝のエジプト総督に任命された。彼は1775年にパレスティナで戦死し、このモスクの廟に葬られた。

モスクは大ドームを中心として、北、南、西の3方を開放的な列柱廊が取り囲み、中庭をもたないオスマン朝風の平面をとる。ミナレットは南西部に独立する(1〜3)。16世紀オスマン朝期に入ると、ミナレットは通例では鉛筆型になっていくが、このミナレットは、むしろガウリー・モスクのミナレットと似ている。