イスマーイール・パシャのサビール・クッターブ(1828年)

カーヒラのズワイラ門(南門)とフトゥーフ門(北門)をつなぐ目抜き通りの中央部東側、ナースィル・ムハンマドの複合体の対面に位置する。マムルーク朝の商館(フンドゥク)の敷地に、ムハンマド・アリーの息子イスマーイールを記念するために建設された。イスマーイールは、1822年にスーダンで戦死した。

カーブするファサード、高浮彫のなびく植物紋などは、19世紀オスマン朝イスタンブルで流行したロココ様式を示している。窓の上の紋章(トゥグラ)はオスマン朝第33代スルターン・マフムト2世(1808〜39年在位)のものである。サビール(給水施設)は鋳型格子のなかにあり、クッターブ(クルアーン学校)はその両脇に配置された。